農業はここ数年で大きく様変りしている。農家を取り巻く環境の変化が加速しているためもある。でも、農業に携わるそれぞれの農家が変わろうとしなければ実現するはずもない。ズバリ、キーワードはコンピュータ。農業の分野でも上手に使って販路拡大を図ったり、消費者とのコミュニケーションを拡げたりと使い道はさまざまだ。ここでは、インターネットをフルに使って新たな展開をしている、または本業の傍らでSOHOとしての自分を活かしている、そんな農業従事者を紹介しよう。
好きな仕事を続けたい、梅農家の工業デザイン
真造農園
和歌山県出身の真造さんは、2年半前まで首都圏の大手電機メーカーに勤めるサラリーマンだった。デザインに興味を持った彼は大学でデザインを専攻し、卒業と共に就職。10年以上もの間、医療機器、各種産業器、自動販売機、コンピュータなど多方面にわたる工業デザインをこなしてきた。
そんな矢先、彼の父親が癌で突然他界するという不幸な知らせが届いた。彼の実家は紀州の梅干しで有名な和歌山県南部川村にあり、やはり梅干しを作っている。年老いた母親に農家の仕事を任せるのは忍びなく、以前から田舎での生活を心に描いていた彼は、都会でのサラリーマン生活にピリオドを打ち、家業を継ぐことを決心した。
● 梅農家としての第一歩
実家が農家だったといっても実際に梅を育てて、梅干しを作ったことがある訳ではないので、帰郷した最初の年は彼にとって苦労の連続だった。
1、2月の梅の花期が過ぎると梅の木の消毒が始まる。消毒の季節が終わると草刈り、梅を受けるネット張りと梅取りの準備に入る。6月中旬から7月中旬にかけて本格的な梅取りシーズンの到来だ。この時期は朝から晩まで1日中梅をもいだり、拾ったり選果をしたりと休む暇もない。近隣の町や村からも大勢の人が手伝いに来て、村中が活気付く。木からもいだ梅はそのまま青梅として市場へ出荷されるが、落下した梅は各農家の梅倉で大きな樽に塩と一緒に漬け込まれる。8月に入ると漬け込まれた梅が天日に干され、こうして昔ながらの紀州の梅干しができあがってくる。そして来年の収穫のために秋から冬にかけて梅の木一本、一本を剪定していく訳だ。
梅作りの右も左も分からない初心者だった彼は、近所の人や農協、技術指導員の人に熱心に聞いて回ったり、講習会に積極的に参加したり、書物からも貪欲に知識を得ようとした。学ぶことはまだまだ多いが、一年、二年と農作業を体験していくうちに彼流のスタイルもできつつある。昨年は梅倉庫も建て、農業の作業環境も徐々に整い始めたところだ。
● デザイン事務所を設立する
農業の方が軌道に乗り始めた頃、自宅を事務所として少しずつデザインの仕事を再開。もともとデザインの仕事が好きで、農業を始めても長年にわたって修得した技術を活かしたいと考えていた彼は、農閑期の比較的自由になる時間を使って、自宅のパソコンでこつこつと仕事をすることにした。会社を辞める前に、仕事仲間や得意先に仕事を紹介してもらえるよう声をかけておいたところ、梅干しも一段落した頃、以前在職していた会社から一件のデザインの依頼があった。
それは発電所や工場で使用される汎用計測器のデザインで、真造デザイン事務所の記念すべき最初の仕事となった。その後、知り合いの紹介で関西の技術系会社のカードターミナルのデザインや、その会社からの紹介の自動販売機のデザインなど順調に仕事が増えてきている。
ただし、田舎にいると、都会のように独りでに情報が入って来るわけではないので、彼は雑誌やカタログでの研究はもちろん、時には大阪や東京に出向いて、自分の目で新しいものを吸収しようとする努力を惜しまない。現在のところは農業と平行して、好きなデザインの仕事を田舎の自宅でできる環境に満足しているといった状況である。
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梅、デザイン、家具と夢は拡がる
ここ数年の健康ブームのために紀州の梅干しは高級品としての知名度も高まってきている。しかし、最近中国や台湾産の安い輸入梅に押されて、本場紀州の梅の立場が脅かされる傾向にある。こうした輸入梅に対抗していくために、消費者へ直接販売することにより、高品質の紀州梅というブランドを確立させようと、インターネットでの直販やカタログの作成などを企画中。年内には、ホームページ上で真造農園の紀州梅干しの購入が可能となるはずである。
デザインの方は、紹介の形で拡がりを見せている。今後地元での顧客も開拓し、デザインの幅も工業関係主体からグラフィック系へも拡げていくつもりだ。地元の青年会議所の活動に参加するなど、多方面の人々と積極的に交流を深めている。
次の夢は、オリジナルの家具をデザインし自分で作ること。家を新築した際に部屋に合う家具がなかったからだと言う。農業とSOHOと家具作り、いつか同時に実現することを祈りたい。