農業はここ数年で大きく様変りしている。農家を取り巻く環境の変化が加速しているためもある。でも、農業に携わるそれぞれの農家が変わろうとしなければ実現するはずもない。ズバリ、キーワードはコンピュータ。農業の分野でも上手に使って販路拡大を図ったり、消費者とのコミュニケーションを拡げたりと使い道はさまざまだ。ここでは、インターネットをフルに使って新たな展開をしている、または本業の傍らでSOHOとしての自分を活かしている、そんな農業従事者を紹介しよう。
鮮度優先の直接販売、インターネットの卵屋さん
伊藤養鶏
澄んだ空と青々とした山に囲まれた兵庫県の中央部に位置する氷上郡。こののどかな田園風景のなかに伊藤養鶏がある。駅のタクシー乗り場で「伊藤養鶏まで」と言えば通じるほど、地元では有名になっている。
「伊藤養鶏」の始まりは両親の代からだが、伊藤さん自身はこの仕事をするなんて全く考えていなかったそうだ。
旅行はできないし、なんと言っても養鶏の大変さを子供の頃から身にしみて知っている。両親もまた、伊藤さんの継ぐ意志を聞いたときには大反対だったそうだ。
● きっかけはアメリカへの旅
バイクが好きという理由で゛自動車整備の仕事をしていた頃、自分の人生を見つめ直すために、アメリカへ放浪の旅に出かけたという。まずアメリカのロスに入りバイクを買い、カナダの国境を越えてバンクーバーへ。さらには、アラスカまで足を延ばした。
そこで見たものは、雄大な自然を破壊してゆく文明という暴力だった。
ある日、伊藤さんがバイクで走っていると霧が出てきた。しかし、それは霧ではなかった。パイプ工場から出る煙だったのだ。さらに、アラスカのような人のほとんど住まないような所にまで、人為の痕跡を見ることができた。一体、この世界の中で人間の手が入っていない地があるのだろうか。
このアメリカの旅は、自然の大切さを改めて教えてくれることになった。帰国後、一年ほど前に渡米するまで働いていた職場に戻りはしたが、自然にも人にも優しい卵を作ろうと考えて伊藤養鶏を継ぐことにした。それは今までとは全く違う方法で。
● 暗中模索の日々
両親の代での伊藤養鶏は、ニワトリをケージという小屋で飼っていた。この方がたくさんのニワトリを飼うことができ、当然、卵の収穫も多い。さらに、業者を通して販売をしていたのでリスクも少ない。
伊藤さんは、徐々にこの方法を変えていった。伊藤さんのニワトリの飼い方は平飼いといわれるものだ。平飼いとは、庭での放し飼いのようなものと考えればよい。これなら、より自然に近い形でニワトリを飼うことができる。餌も野菜くずや草など自然から与えられるものばかり。
そして、ケージ飼いと平飼いを約3年間かけて割合を変えていった。現在では、すべてのニワトリが平飼いだ。
また、伊藤さんは伊藤養鶏のすべてを任されるようになると、インターネットを使った通信販売に踏み切った。伊藤養鶏の特徴は、業者を通さず直販売をしているという点だ。リスクも増えるが、業者を通さないことにより、自然の状態のまま鮮度を優先することができる。伊藤さんは、この点を最も重要だと考えている。
ネットアンケートで「卵を選ぶ基準」を聞いてみた。すると、返ってきた答えは「鮮度・栄養・価格」だった。
安価で栄養価が高い卵をアピールするあまり、栄養価の数字競争になりやすい。そういった卵でも、餌の段階でビタミンなどが与えられているのだが、ほとんどが排泄されてしまう。そして、大切なのは卵だけを食べるのではなく、様々な食品からそれぞれの栄養を得ることなのだと伊藤さんは考える。
今はまだ、ネット販売は売り上げ全体の2割程度だが、今後さらに増え続けることは間違いない。それは全国各地からの注文が増えていることからも分かる。さらに個人注文にとどまらず、料理のプロであるコックさんの眼鏡にもかない業務用としての注文もあるという。
● 自然へのこだわり
伊藤養鶏では、ニワトリの糞などからなる自然の肥料を用いて作った米も販売していて、アレルギーを持った子供のいる家庭からも注文がくる。玄米は体にもよく、(全ての人に当てはまる訳ではないが)アレルギーを持った人でも食べることができる。そして、玄米を注文したお客さんが後日、アレルギーが少しよくなったので卵も食べてみたい、と注文してくることもある。
このような声を直接聞けるから、養鶏の仕事を続けられるのだそうだ。
「大きな養鶏場で飼われたニワトリの卵は、たくさんの人に食べてもらえる。しかし、一人でもうちの卵を食べてくれる人がいる限り、養鶏はやめません。」
現在、使っている車を電気自動車に改造しようと計画中だと聞いた。伊藤さんの自然への優しさがうかがえる一面だ。