地方発DOPPO人
地域社会のDOPPO人の元気がいい。何も競争相手がひしめく大都市で起業することだけがDOPPO人への道ではない。地域にどっかと根をおろし、着実に稼いでいるビジネスはたくさんある。これからの独立起業は地方発。地の利を生かし、古くからの人的ネットワークを生かすことで東京・大阪などの大都市よりもぐっと独立起業しやすくなる。
「カラオケ劇場」を運営する音楽人間のビジネス感覚
―音楽ビジネス運営 樋口英二さん
■偶然が重なっての音楽との出会い
音楽人間としての毎日である。昼は、余暇を見つけてはカラオケ教室の先生たちから依頼される作曲を手掛ける。それに週に4日はギター片手に歌をレッスンする歌の先生になる。
夜は、福岡市博多区博多駅前と香椎駅前にあるカラオケ・コミュニケーションシアター「マイソング」のオーナーとして、二つの店を飛び回る。
「まさか、自分がこれほど音楽にかかわった仕事をしていくとは想像もしていませんでした」
出身大学は久留米市にある私立久留米大学の商学部。その大学に入るまでは、音楽はどちらかと言えば嫌いだった。
「大学入学当時、親しい先輩がやってきて、半ば強引に柔道部へ誘い込もうとしていた。それで、先輩の誘いを断るために、ついでまかせに軽音楽部へ入った、と言ってしまいましてね」
いったん口にした以上、入部するしかなかった。
「音楽のクラブに入って、楽器が全然やれないのでは腹が立つ。ギターを独学でやってみたら、これがすごく面
白い。気持ちのもやもやを見事に吹き飛ばしてくれる。つい夢中になって……」
大学を卒業後、微口さんは電器会社が開設したレコード部の社員として入社した。これも偶然からだった。
■一年でサラリーマン生活にサヨナラ
学生アルバイトで電器店で働いているうち、店の人に勧められてレコード部の最初の社員として入社した。
「サラーリーマンになったけど、自分としてはそのまま会社に勤める気はなかったからですね。一年後に、あっさりと辞めました」
普通なら辞める前に次の仕事を決めておくものだが、樋口さんは違った。会社を辞めてから次の仕事を考えた。
「そのころ、レコードを一枚でもカッティングできる機械が売り出されていることを思い出し、ためた給料の30万円をはたいて買い込んだのです」
これが、すべてであり、開店資金だったこれから出発して、次はカラオケ専門のレコード店を開き、次にカラオケ・シアターを開店させた。この間、20年が経過している。
「カラオケがやっと市民権を得たときでした。だから、カラオケ専門のレコード屋さんには、よくお客さんがやってきてくれました」
■ニーズに合わせた「カラオケ劇場」を出店
それが次のステップに結び付いていった。
「お客さんたちが、飲みながら歌を歌える店がないものか、と嘆いていた。普通
のスナックにもカラオケ装置が入っていたが、スナックは値段が高い。それに飲みたくもないのに酒が出る。セット料金なんかいらない劇場スタイルのスナックはできないものだろうか、っていう声があった。それを実行したのです」
中央に、歌うためのステージを特設して、お客さんたちはステージの方を見ながら、洋酒を飲む。それも、セット料金はない。飲まない人は飲まなくてもいい。
樋口さんは、お客さんの要望もあって、劇場スタイルのスナックを作り上げた。
「当初は博多駅前に一店だけでしたが、次に香椎駅前にも出店しました。3年に一度の割合で、新しいものにチャレンジしてきたので、そろそろ何かを始めようと考えています」
カラオケ劇場も教室も順調で、最近作った会社「マイマイ」にも社員が日毎に増えていっている。