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夫婦で始める
あんなベンチャー、こんなベンチャー

旅行代理店の添乗員から脱サラしてラーメン店経営者に転身
ラーメン店は家族で経営するのが一番

 近藤政由さんが22年間勤めていた旅行代理店を退職したのは、2年前の5月のことだった。バブル崩壊後、旅行代理業界も不況のあおりをモロに受け、近藤さんが勤める会社の業績も芳ばしくなかった。近藤さん自身の昇給は止まり、先行きのメドも立たないままサラリーマン生活を続けることに不安を抱いていた。

 「先行き不安で、このまま会社に勤めていても将来のことが不安になって、どうせ独立するなら40歳前に始めたほうがやり直しもきくと思ったんです」(政由さん)

 妻の美恵子さんに脱サラすることを相談したところ、政由さんよりむしろ積極的に独立を勧めてくれたという。

 問題は何の商売をやるかである。政由さんはラーメン好きで、東京・板橋にある「喜多方屋」というラーメン屋さんの常連客だった。この店の経営者である斎藤裕さんは屋台から身を起こし、腕一本で喜多方ラーメンの店をもった人で、味の良さが評判を呼ぶ繁盛店である。斎藤さんは、折しも喜多方ラーメン店のFC展開を始めたところであった。加盟店募集の話を聞きつけた政由さんは、加盟店になりたい旨を斎藤社長に相談した。政由さん自身にはまったく調理技術がなく、せいぜい休日にインスタントラーメンを作る程度で素人同然である。

 調理未経験者からの突然の申し出に斎藤さんは驚いた。ラーメンづくりから経営ノウハウまで一から教えなければならず、その後の苦労も目に見えている。しかし、政由さんの決意はそう簡単に揺らぎそうもなかった。そして、近藤さんは「喜多方屋」の加盟店としてスタートすることになった。

 さっそく調理の研修が始まったが、ギョーザ1つつくるにも時間がかかる。重い中華鍋も自由に操れない。

 「最初は失敗続きで、本当にこの商売でやっていけるかどうか不安でした。それが2週間ぐらい経った頃から上達し始めたんです」(政由さん)

 悪戦苦闘の2カ月半の研修後、近藤夫妻のラーメン店経営がスタートした。自宅に近い東京・北区滝野川に店舗を見つけ、一昨年10月にオープンにこぎつけた。店の前には大正大学があり、最寄りに巣鴨とげぬ き地蔵があることで口コミで食べにくるお年寄りも増えた。

 開店当初は座るヒマもないぐらい忙しく、1日平均15万円もの売上げがあったそうだ。あまりの忙しさに3名のアルバイトを雇ってまかなっていたが、人件費の負担が大き過ぎ、政由さん、美恵子さん、政由さんの母親の家族経営に方法を切り換えた。

 「家族経営が一番効率的ですよ。毎日の売上計算は妻におまかせです。家族なので他人のように遠慮する必要がないのもいいところ」(政由さん)

 売上は妻の美恵子さんがしっかり管理し、公私混同しないように十分気を配っているという。

 「2人で一生懸命にやってけば何とかなりますよ。サラリーマン時代は25日の給料日まで待たなくてはなりませんでしたけど、いまは毎日現金収入がありますから十分食べていけます」(美恵子さん)












 

※ご利用に際して

当情報は 2000年の春〜秋に発行された雑誌「DOPPO」の各記事を元に編集されております。
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